中央線に乗って考える

好きなモノとか、欲しいモノとか、日々のこととか

日本は簡単に軍事政権になるのかもしれない。

 

日本人の体質なのかも。

結局の所、本物の民主主義ではないからこういう考えになるのでしょう。

基本的に、上の人にお任せの日本人。お任せだから、自分で責任を持つ必要がない。民衆は役人に責任を押し付け、役人は政治家に責任を押し付け、政治家は天皇に責任を押し付ける。

民主主義は、自分たち一人ひとりが守っていかなくては維持できないものなのではないのでは?

民主主義に反する政治家がいても声をあげない。これは、お任せ体質だからなのではないですか。

多数派に所属していたい。

「開票結果を見て、自分が多数派だったと分かったら、なんだか安心しました」
LINE世代だから云々ではなく、これも日本人らいい体質ではないでしょうか。

村社会、島国根性。

少数派は、排除する対象でしかないという考え方が簡単に出てくる社会。

ただ、この世代の同調圧力はいかがなものか

「空気が読めない」という意味の「KY」とう言葉が流行りだしたのが2006年。彼女たちが小学生の頃から、そういう言葉がある。

小学生の頃なんて、成長期なのなのだから、ちょっと変わっている子はいくらでもいる。それまでは、子供一人ひとりに「ちょっと変わったところがある」という個々の特徴でしかなくバラバラで存在していたものが、「空気が読めない」という言葉でまとめられ排除の対象となった。

そりゃ、ちょっと違う意見なんて口に出せなくなる。だから、多数派に所属し身を守ることは仕方ないことだ。

しかし、それに慣れすぎて、自分で考える力がなくなってきたのではないか。

自分で発する言葉は、本当に自分の意見なのか。多数派のスピーカーでしかないのではないか。もう一度考えて欲しい。

 

国民一人ひとりが政治に真剣に参加しなくては、民主主義でも腐敗はする。お任せではなく、一人ひとりが真剣に考え無くてはならない。

絶対的な答えはないのだから。